スタニスラフスキーの『俳優の仕事』が 俳優 中丸新将の原点

  • 2018/4/30
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浜田和幸ー きょう、中丸新将さんにお越しいただいて、われわれ今度、ロシアと日本との文化、経済をもっともっと交流を盛んにしましょうという日露文化経済交流促進協会が、無事誕生したので、そういった意味で今年は日本におけるロシア年、ロシアにおける日本年という形で、もっともっといろんな人的交流が深まる、

それを応援するっていうのがこの協会の趣旨でありますので、中丸さんにおかれましては、ロシアとの関係が大変深いし、芸術文化を通じてこれまでも様々な形でご活躍されてきたと思うのですけれども、まず、どういうきっかけでロシアとの出会いが生まれたのか、その辺りからちょっとお話をお聞かせいただければと思います。

 

中丸新将ー 仕事は、一昨年の、娘のシオン(中丸シオン)が出ていたロシアの『スパイ・ゾルゲ』というテレビドラマですね。1チャンネルの大河ドラマですね。

 

浜田和幸ー ロシアの国営放送、国営テレビですね。

 

中丸新将ー 国営放送の12本という主役のゾルゲの愛人役、日本人の石井花子という役をやらせていただいて、僕も途中で面白いからオーディション受けないかということで、YouTubeでオーディションを受けまして、それで3日後にOKが来たので、それでまず上海に行きまして、当時の日本人街を作って、上海のセットで何カ月もやりましたね。

僕が行ったのは2日ですけど、その後に、去年の3月にモスクワの撮影所で、また1日、2日撮影がありました。  ということがあったのですが、僕が俳優になる原点っていうか、舞台役者になる前までは、もうかれこれ50年さかのぼった、ちょうど半世紀さかのぼりますけど、俳優座の養成所というのがあったのですが。

 

浜田和幸ー 俳優座ってあの六本木のところに。

 

中丸新将ー 六本木にあった、劇団俳優座が持っている俳優養成機関があったのです。そこは1期から16期で終わったのです。その後、その俳優座の千田是也先生を中心として、桐朋学園の中に、

 

浜田和幸ー 音楽で有名ですね。

 

中丸新将ー そうです音楽の。そこに演劇科を作ろうということで、やっと認可がおりまして、僕はそこの3期生なのです。
で、一番最初に読まされた本というのが、ロシアのスタニスラフスキーという演劇の父みたいな、現代演劇の父みたいな方がロシア人でいまして、その方の『俳優の仕事』という本、それが始まりですね。

 

浜田和幸ー そうでしたか。それが最初のロシアとの出合い?

 

中丸新将ー そうですね。中・高では、割とロシア文学好きだったので、読んでいたのですが、難解だし長い。
また、去年からドストエフスキーなんかを、また読み始めたのですが、とにかく『罪と罰』を読み終えるのに3カ月かかりました。8、9、10、11月の末までかかってやっと読み終わった。年を取りますと、もろもろの思考力だ、何だ、この登場人物こうだったかな?ってまた戻って。

 

浜田和幸ー 人間関係が複雑だからね。

 

中丸新将ー でも、やりたい演劇なんかの一つに、チェーホフの、今読んでいるのはチェーホフの短編集、ほとんど小説なのですが、『かもめ』という有名なあれをちょっと現代風に直して、近い将来やりたいなと思っています。

 

浜田和幸ー なるほど、そうですか。でもさっきのお話で、もともとは役者の仕事っていうロシアの方がお書きになった、それは日本人の演劇に対する見方というのか、それとロシアの方の演劇に対する見方というのは、なんか大きな違いがあるの、それとも国を超えて共通のものがあるのですか。

 

中丸新将ー 日本はなかったのですね。やっぱり歌舞伎と新派が中心だったのです。そのときに左翼運動とともに、新劇という、そういう現代演劇みたいなことをやろうという、小山内薫先生だとか、後の千田是也先生なんかが中心となって、千田先生は主にドイツのブレヒトの研究で有名で、ずっとドイツに渡っていました。

ただ、演劇の俳優術の原点みたいなことをいったら、そのスタニスラフスキー先生が断トツだったので、いち早く翻訳して、先生が。先生も『近代俳優術』という本をそれにならって、1949年、僕の生まれた頃に先生はもう既に書いています。それはもう、だから日本の現代演技術の基礎みたいになったものです。その父みたいなのが、スタニスラフスキーです。

 

浜田和幸ー スタニスラフスキーさんですね?

 

中丸新将ー はい。そのスタニスラフスキーさんというのを、結局、エリア・カザンとか後にアメリカに持って来まして、アクターズスタジオっていうのを作ります。

 

浜田和幸ー ニューヨークにあるアクターズスタジオね。

 

中丸新将ー はい。あれ、まさにスタニスラフスキーシステムを踏襲して作った演劇研究所なのです。

 

浜田和幸ー ニューヨーク、アメリカのブロードウェイとか。

 

中丸新将ー オフだとか。

 

浜田和幸ー オフ・ブロードウェイなんかの原点みたいなものが、ロシアから来たってこと?

 

中丸新将ー そうです。そのぐらい偉大な先生ですね。

 

浜田和幸ー その方との演劇、役者のあり方みたいなものに触れられて、いってみれば目覚められたわけですね、役者道に?

 

中丸新将ー そうですね。いわゆるリアリズムってやつです。

 

浜田和幸ー そうでしたか。

 

中丸新将ー いかに自然に演じられるか、その役の背景にはどんなバックボーンがあって、どんな人生歩んで来て、あなたは今何でそのセリフを吐くのかっていうのを、事細かく教えてくれた先生ですね。

 

浜田和幸ー そうですか。要するに台本を空で覚えるのではなくて、そこに描かれている一つ一つの言葉だとか、表現と自分を。

 

中丸新将ー 人物を。

 

浜田和幸ー 重ねて、ちゃんと?

 

中丸新将ー はい。簡単にいえば、成り切るってことですけど。

 

浜田和幸ー 成り切るってことね。そうですか。それは日本の従来の歌舞伎だとか、新劇なんかとまた違う?

 

中丸新将ー 新派なんかとはちょっと違う。やっぱり歌舞伎っていうのは形から入って、踏襲されて親から子へってそういうふうに、ずっと踏襲されてきた芸であり、芸術ですけど、またちょっとそこは違うシステムで始まったのですね。

 

浜田和幸ー そういう最初ロシアとの出合いがあって、その後、さっきおっしゃったようなゾルゲさんのロシアのテレビドラマシリーズなんかにも出演されていたり、他にもいろいろと、ロシアとの文化的な接点おありだと思いますけれども、やっぱり日本で俳優されていて、役者やられていて、ロシア人のメンタリティーっていうのでしょうかね、

ものの考え方だとか価値観だとか、そういうものと日本人との、これからよく理解していく必要だと思うんですが、そういう意味で一番ロシア人との違いというのでしょうかね、いいところもいろいろあると思うのですが、違いのようなもの、どういうところが一番印象に残っておられますか。

 

中丸新将ー それほどロシア人の方たちとの接点は、それほどあるわけではないのですね、ゾルゲの仕事で。やっぱ真面目だし、何て言ったらいいのだろ、堅物もいるし、すごく、それは日本と同じですけどね。せっかちな人もいたり、それは万国共通かもしれません。簡単にロシアの人は語れませんけれども、僕は好きですね。

 

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